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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)1287号 判決

原告 甲野太郎

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 山崎忠志

被告 乙山雪子こと 乙雪美

右訴訟代理人弁護士 武田隼一

主文

一  被告は、原告甲野太郎に対し、金一四五万七四〇四円、原告甲野花子に対し、金一三八万二四〇四円及び右各金員に対する昭和四八年四月一四日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告甲野太郎に対し、金三六三万九九二六円、原告甲野花子に対し、金三四八万九九二六円及び右各金員に対する昭和四八年四月一四日から各支払ずみに至るまで、年五分の割合による各金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

(一) 原告甲野太郎(以下、太郎という。)及び同甲野花子(以下、花子という。)は夫婦であり、亡甲野一郎(昭和四五年一一月六日生)(以下、一郎という。)はその長男である。一郎は、次の事故により昭和四七年九月五日午後四時二〇分ごろ死亡した。

(二) 原告花子は、昭和四四年ごろから被告方近くの文化住宅(○○市○○○一二―一九)に居住し、被告経営のバー「○○」に勤務していた。被告は、同原告が「○○」に勤務しやすいようにする計いで、勤務に差支えるときは、何時でも原告らの長男一郎を預かると申出ていた。そこで、同原告は、「○○」の飲食代金の集金に出るときや、昼間買物に出るとき、その他の外出時の場合に、月三回位被告に一郎を預けていた。

(三) こうした経緯から、同原告は昭和四七年九月五日午後三時過ごろ、被告方八畳間(別紙添付図面表示)において、被告に対し、市場に買物に行くので帰宅までの間一郎を預かってくれるよう依頼したところ、被告はこれを承諾し、その娘月子に一郎の面倒をみるよう言いつけ一郎を引取った。当時、被告は八畳間において保険外交員と面談中であったが、原告は右の旨を依頼したあと、一たん一郎を連れて奥四畳半の月子の勉強部屋に赴き、同人に子守りを頼み、再び同女とともに八畳間に引返して一郎を預け、買物に出かけたのである。

(四) 被告が一郎を自宅に預かっている間に、一郎は独りで庭に出て誤って庭池(面積約二・五平方メートル、深さ約三〇センチメートル)(別紙添付図面表示)に落ちて溺れ、窒息のため同日午後四時二〇分ごろ○○○中央病院において死亡した。なお、一郎は、同病院へ移される直前に運び込まれた○○医院で応急措置を受けた際、バナナを吐き出した。

2  責任の原因

当時一郎は、生後一年一〇月の幼児であって、未だ危険を危険として感じ得ず、自ら危険を防止する能力もなく、意のままに行動するものであるのに、庭内には柵もなく容易に子供が落ち込み易い庭池があるのであるから、被告としては常に一郎の傍にいてこれを見守り、池に落ち込む等により死傷に至ることのないよう事故を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、一郎が独りで庭に出たのをそのまま放置した過失により、一郎が庭池に落ちたのにも気づかず、このため一郎をして溺れのため窒息させ、よって一郎及び原告らに対し後述の損害を与えたものである。

3  損害

(一) 一郎の損害

(1) 逸失利益 三九七万九八五三円

一郎は死亡時一年一〇月の男子であり、第一二回生命表によれば、その平均余命年数は六八・一六であるから、一郎は六九才余になるまで生存し、少くとも二〇才から五九才に達するまでの間何らかの職業について収入を挙げ得たものである。右一郎の逸失利益は、推定年収一一七万二二〇〇円(昭和四六年賃金センサス男子労働者の平均年収)、生活費収入の五割、稼働可能年数四〇年、稼働開始時一九年後として中間利息控除年五分のライプニッツ式計算法によって算出すると、三九七万九八五三円となる。

(2) 慰謝料 一〇〇万円

一郎が前記のとおり庭池に落ちて溺死するまでの間、極度の苦痛と恐怖に見舞われたことは自明であるから、その精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は一〇〇万円を下らない。

(3) 原告らは、一郎の父母としてそれぞれ一郎の権利を二分の一づつ相続したものであるから、その金額は右(1)(2)の合計額の二分の一である二四八万九九二六円となる。

(二) 原告らの損害

(1) 慰謝料 各一〇〇万円

原告らは、極めて健康優良な長男一郎の将来に多大の期待をかけていたが、思いもかけない悲惨な死亡事故によって子供を奪われ、筆舌に尽し難い精神的苦痛を受けた。これを慰謝するに足りる金額は各自につき一〇〇万円を下らない。

(2) 葬儀費用 原告太郎につき一五万円

原告太郎は、一郎の葬祭費用として少くとも一五万円の出資を余儀なくされた。

4  よって被告に対し、原告太郎は前項(一)の(3)、(二)の(1)(2)の合計三六三万九九二六円の、原告花子は前項(一)の(3)、(二)の(1)の合計三四八万九九二六円及び右各金員に対する本件不法行為後の昭和四八年四月一四日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び主張

1  請求の原因1(一)は認める。

2  同(二)のうち、原告花子が被告方近くに住み被告経営のバー「○○」に勤めていたことは認めるが、その余は否認する。

被告は、原告花子を採用するにあたり勤務に差支えのあるときは一郎を預かってもよいと申出たことはある。

そして、店の集金や勤務の際に昼間二回、夜間二回一郎を預かったことはあるが、原告花子の買物時に預かったことはない。しかも、原告太郎が預けることに反対であることがわかったので、以後被告は預かることを拒否していた。

3  同(三)のうち、原告ら主張の日時に原告花子が被告に対し、一郎を預かってくれるよう頼んだこと、当時被告が保険外交員と面談中であったことは認めるが、その余は否認する。

被告は、当時保険外交員と口論中であり、原告花子に対しても前夜勤務態度について叱責した感情のしこりがあって、到底一郎を預かる心境にはなかった。一郎は、買物に出かけた原告花子の後を追い、庭内で遊んでいるうちに本件事故にあったものと推察される。原告花子は、一郎を連れて部屋を出ながらそのまま庭内に放置し、このために本件事故が惹起されたのであり、被告には何ら責任はない。

4  同(四)は認める。

5  請求の原因2、3は否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求の原因1(一)及び同(二)のうち、原告花子が被告方近くの文化住宅に居住し、被告経営のバー「○○」に勤務していたこと、同(三)のうち、原告ら主張の日時に原告花子が被告に対し、一郎を預かってくれるよう頼んだこと、当時被告が保険外交員と面談中であったこと及び同(四)は、当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫によると、原告花子は、昭和四四年ごろからバー「○○」にアルバイトとして勤務し、昭和四五年一一月一郎の出産で一時山口県に帰郷したが、昭和四六年二月ごろから再び同店に勤務するようになり、その後被告の世話で勤務に便宜な○○○○の文化住宅に夫原告太郎とともに転居したこと、店の勤務は、会社勤めの夫が帰宅した後の午後七時ごろから翌日午前三時ごろまでであるが、時たま夫の旅行や店の集金等の際に、一郎を被告方に預けることがあったこと、原告花子は、一郎を連れて被告方にしばしば遊びに行き、被告方の夕食を作ったりする等被告方と相当親しい間柄にあったこと、被告は一郎をかわいがり、預るときは、娘の中学生月子らが子守りをすることもあったこと、以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

三  ≪証拠省略≫によると、原告花子は、本件事故当日の午後三時過ごろ、市場へ買物に行くため一郎を預かってもらうべく、同人を連れて被告方に赴き、縁側(別紙添付図面表示)から被告の居合わせた八畳間に上り、来意を告げ預かってくれるよう依頼したこと、そのとき被告は、ミシンがけをしながら保険外交員と面談中であったので、同原告に対し、娘の月子に頼むよう答えたこと、そこで、同原告は、一郎を連れて廊下を通り奥四畳半の勉強部屋(同添付図面表示(1))に行って月子を呼び、同女と一緒に再度八畳間に引返し、間もなく一郎をその場に置いて買物に出かけたこと、以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫また、≪証拠省略≫によると、被告は、原告太郎の父及び月子に対し、「バナナは保険屋が一郎に食べさせた」と述べたこと、本件事故当日保険外交員が手土産に被告方へバナナを持参し、八畳間に置いていたことが認められる。そして、○○医院における応急措置の際、一郎がバナナを吐き出したことは当事者間に争いがない。

以上の認定事実、すなわち、従前の経過、事故当日の状況、事故後の供述内容等を総合して判断すると、被告は原告花子の依頼を受けて一郎を預かることを容認したものと認められるのである。

四  以上のとおり、被告は原告花子の依頼を受けて一郎を預かったものであるところ、前記認定のとおり、本件事故当時一郎は、ようやく独り歩きはできても、自ら危険を予知し、回避する能力のない僅か一年一〇月の幼児であり、被告方庭内には面積約二・五平方メートル、深さ約三〇センチメートルの池があって極めて危険な状況下にあったのであるから、被告としては常に一郎を目の届く範囲内において看視し、一郎が独り庭に出て池に落ち込むことのないようにこれを未然に防止すべき注意義務があるといわなければならない。

しかるに、≪証拠省略≫によれば、一郎を原告花子から預かった後本件事故までの間、被告は終始八畳間に居たこと、その間、被告は一郎の動静に全く無関心で、縁側のガラス戸は開け放たれていたこと、被告及び家人は、一郎が独りで庭に降りたのも池にはまったのにも気づかず、月子が同日四時過ごろ池にうつぶせになって浮いている一郎を発見したことが認められるのであって、これによると、被告には前記注意義務を尽さなかった過失があるというべきである。

よって、被告は原告らに対し、一郎の死亡によって生じた損害を賠償すべき義務がある。

五  損害

1  逸失利益 二五二万九六一七円

一郎は死亡当時一年一〇月の男子であったから、厚生省第一二回生命表によればその平均余命年数は六八・一六であり、本件事故にあわなければ同人は六九才まで存命し、二〇才から六〇才に達するまでの四〇年間稼働し得たものであるところ、昭和四六年賃金センサス第一巻第一表によると、全産業全男子労働者企業規模計平均年収は一一七万二二〇〇円であり、その生活費は収入の五割と認められるので、年間純収入は五八万六一〇〇円となる。これから年五分の中間利息をライプニッツ計算法で控除すると三九七万九八五三円(円以下切捨て)となる{五八万六一〇〇円×(一八・八七五七-一二・〇八五三)}。一郎は二〇才に達するまでの一九年間、養育費として毎月一万円を下らない費用を要するから、その総額は一四五万〇二三六円となる(一万円×一二×一二・〇八五三)。これを右収入から控除すると、逸失利益の現価総額は二五二万九六一七円となる。

2  一郎の慰謝料 一〇〇万円

本件事故により一郎の受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては一〇〇万円をもって相当とする。

3  原告らの相続分 各自一七六万四八〇八円

前記認定のとおり原告らは一郎の父母であるから、1、2の合計額の各二分の一にあたる一七六万四八〇八円(円以下切捨て)ずつを相続により取得したことになる。

4  葬儀費用 原告太郎につき一五万円

原告太郎が一郎の葬儀費用として被告に賠償を求め得る額は一五万円をもって相当とする。

5  原告らの慰謝料 各一〇〇万円

原告らが一郎の本件死亡事故により、多大の精神的苦痛を受けたことは明白であり、これに対する慰謝料としては各一〇〇万円をもって相当と解する。

以上を合計すれば、原告太郎について二九一万四八〇八円、同花子について二七六万四八〇八円となる。

六  過失相殺

前記認定事実に照らすと、原告花子は、従来から被告方庭内に池があり、一郎を独り庭で遊ばせるのは極めて危険であることを充分知悉していたものと推認し得るところ、当時ミシンがけをしながら来客と面談中の被告に対し、特に一郎から目を離さぬよう注意を求めた形跡もなく、いまだ中学二年生に過ぎない月子に対しても、常に一郎の傍らに居て看視するよう依頼した事実もない。また、縁側ガラス戸の戸締り状況について確認した事実も認められない。いやしくも、平素における子供の行状について最も詳しい母親がまずもって危険防止について配慮すべきものである。≪証拠省略≫によれば、単に一言声をかけたに過ぎないと認められる。もともと、原告花子としては、夫が映画見物に出かけたあと(≪証拠省略≫により認められる。)、市場へ買物に行くために一郎を預けたのであって、必ずしも、その必要性はなかったともいえるのであり、軽率に過ぎたといわざるを得ない。

以上のほか、本件にあらわれた一切の事情を総合して判断すると、五割の過失相殺を認めるのが相当である。

したがって、右過失相殺により原告らの損害額は原告太郎について一四五万七四〇四円、同花子について一三八万二四〇四円となる。

七  結び

以上の次第であるから、被告は原告太郎に対し、一四五万七四〇四円、同花子に対し、一三八万二四〇四円及び右各金員に対する本件不法行為後の昭和四八年四月一四日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よって、原告らの本訴請求は、いずれも右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当としていずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大藤敏)

〈以下省略〉

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